127の活火山があるインドネシアは、国土が火山噴出物とその侵食による土砂で覆われており、火山噴火による火砕流や土石流、斜面崩壊などが同時に起こる複合的な土砂災害の危険性が高い。そこで、火山観測データから見積もられる火山灰等の噴出速度と気象や河川流域観測データに基づいて、複雑な土砂の移動を統合的にシミュレーションする技術を開発する。また、航空機の安全運航のために大気中の火山灰密度を評価・予測する。これらの技術を統合した災害対策のための支援システムを構築し、既存の警戒避難システムや土砂災害対策システムへ地理情報システムを介して情報提供する技術を開発する。プロジェクトは(独)科学技術振興機構(JST)と(独)国際協力機構(JICA)の共同事業である地球規模課題対応国際科学技術協力事業の枠組みのもとで実施される。すなわち、国内における研究活動はJST が支援し、インドネシアにおける研究活動はインドネシア側の機関による研究活動も含めてJICA が支援する。実施期間は平成26年度より5年間を予定している。
日本側の研究代表者は京都大学防災研究所の井口正人教授、インドネシア側代表者はエネルギー鉱物資源省地質庁火山地質災害軽減センター(PVMBG)のMuhamad Hendrastoセンター長である。
共同研究の背景
日本とインドネシアの共通点
火山噴火とそれに誘発される災害に関して,日本とインドネシアは共通点が多い。両国ともプレートの沈み込み帯に位置し,百を超える多数の活火山が存在し,その周辺に多くの人々が暮らしている。また,火山噴火によって多量の噴出物が放出され,山腹に堆積すると降雨等により,頻繁に土石流などの土砂災害が発生する。火山噴火とそれに続く土砂災害の問題は国家の主要課題として取り組まれているが,対応する国の機関が多くの省庁にまたがっている。
研究の進展
20世紀最後の10年において世界の自然災害の軽減を目的とした「国際防災の十年」が国際連合により1990 年代に提唱され,京都大学防災研究所は特別事業「東アジア(インドネシア,中国)における自然災害の予測とその防御に関する研究 」を1994年~1998年に実施した。本事業において火山グループ,土砂災害グループはそれぞれ,別個に研究を進め,インドネシア側のカウンターパートと共同研究を発展させてきた。
2010年10月~11月にかけて発生したインドネシア・中ジャワのメラピ火山の噴火は100年ぶりと評価される規模の大きい噴火で,死者は300名以上に達し,警戒区域が南山麓の20km圏に拡大され,41万人の住民が避難した。日本政府はJICA国際緊急援助隊を派遣し,火山活動の評価にあたらせた。噴出物の量は1 億立方メートルを超え,その後に発生したラハールの被害は深刻で,その影響は長期に及んでいる。
メラピ火山の噴火時には2008 年に地球規模課題対応国際科学協力事業において採択された研究課題「インドネシアにおける地震火山の総合防災策(研究代表者:東京大学・佐竹健治教授)」が継続中であり,同事業においてメラピ火山のGPS観測網を整備し,噴火終了後のマグマの再蓄積を検知することに成功するなど,本プロジェクトを実施するための基盤が形作られた。
地球規模の問題背景
火山噴火はいったん発生すれば,その噴出物である火砕流,火山灰の堆積,溶岩流などによって堆積域を壊滅的に破壊し,多くの犠牲者を出すだけでなく,大気中を浮遊する火山灰は国境を越えて拡散し,多額の経済的損失をもたらす。2010 年アイスランドのエイヤフィヤトルヨークトル火山の噴火はヨーロッパの航空網を停止させた。また,一旦堆積した火山灰や軽石などもその後の降雨などによって土石流・泥流となり,火山近傍はもとより,河川に沿って火山から遠く離れた地域までを土石流で覆ってしまう。1985 年コロンビアのネバド・デル・ルイス火山の噴火では融雪泥流により山頂から40kmもはなれたアルメロで25,000人が犠牲となった.さらに土石流は過去に堆積した噴出物までも表層崩壊や深層崩壊により浸食させ,土砂災害の拡大を招く。このような複合土砂災害は,噴火活動の活発な環太平洋地域はもとより欧州,アフリカ,カリブ海地域など活火山を有する地域ではどこでも起こりうることであり,地球規模課題として抜本的な対策が求められる。
インドネシアにおける火山災害軽減策の切迫性
インドネシアには127 の活火山があり,1年に10 火山程度が噴火している。異常豪雨などの常襲地域である同国では,噴火後に多様な土砂移動現象が発生し,しばしば甚大な土砂災害に見舞われてきた。例えば,メラピ火山では,2010年10月26日の最初の爆発に引き続き,11月3日から5 日にかけてさらに大規模な噴火が発生した。10 月26 日の爆発で開口した火口から噴出した火山灰は10km 上空まで達し,最大17km の距離にまで流下した火砕流により300 名以上が犠牲となった。また,放出された火山灰量も1億立方メートルを超えるものであった。後続した噴火活動については顕著な前兆現象は検出されず,噴火活動の発展過程の予測の難しさを改めて浮き彫りにした。その後,雨季に入ると,火砕流と火山灰が厚く堆積した南および南西の河川に沿って土石流が頻繁に発生するようになってきた。特に,火砕流の堆積した南部ではこれまで洪水の少なかった河川でも橋梁が破壊されるなど多くの災害が発生した。1982 年に発生した西ジャワのガルングン火山の噴火によるB747 型機のジェットエンジン全停は,世界中の航空関係者に火山灰の脅威を最初に知らしめた出来事であったが,2010 年のメラピ火山噴火では国際線を含む多くのフライトがキャンセルあるいは到着空港の変更を余儀なくされた。特に,人口密度の高いジャワ島では火山周辺にも多くの住民が居住し,過去に大規模な火山災害が発生したことから,火山噴火に起因する災害に対しての総合的な防止対策への期待が高い。
課題の解決のために当たっての科学技術上の問題
- 火山噴火の様式変化や噴火規模増大はよくあることであり,すみやかに避難区域の拡大などにより防災対応を拡充・高度化させなければならないが,噴火活動の発展過程は解決されていない。
- 噴出物は火山灰,火砕流,溶岩流など多様であり,崩壊により生じた堆積物やそれによる河床変動が土砂流動を複雑にするが,複合的な移動形態についての研究が進んでいない。
- 世界的に気候変動に伴う異常な降雨により経験を超えた土砂災害の危険性が高まっている。
- 噴出形態と量を予測する火山研究とその後に発生する土砂移動研究の連携不足。
以上のことから,火山活動の推移予測を高度させ,複合的な土砂移動を予測する手法を開発したうえで,火山噴出物の放出率を入力条件とした土砂移動現象の予測を行い,それに基づいた災害対策について研究する必要がある.我が国の先端的な研究,技術を背景に,革新的な土砂災害対策支援システムを開発すれば,同様の課題を持つ世界各国の課題解決に貢献することができる。
共同研究を行うことの意義
インドネシアは日本と似た火山国であることから,共同研究を行うことは双方にメリットがある。まず,日本では,火山噴火の観測・予測や土砂災害対策技術について長年の実績があり,これらをインドネシアの実態に即して適用することにより,インドネシアの災害軽減に貢献する。同時に,日本列島と似ている沈み込み帯での研究を実施することにより,比較研究ができることは日本にとってもメリットがある。
研究成果の効果的社会実装へのチャレンジ
研究成果を効果的に社会還元して実際の防災に生かすためには,国からの支援はもとより,地域における防災コミュニティの形成が必須である。桜島においては地方自治体の防災担当者,火山監視機関に加え,火山研究者と砂防対策機関が加わった火山防災連絡会が常日頃から意見交換を行っているが,本研究を通じて日本の協議会の例を紹介し,インドネシアの実情に合わせた研究の連携・成果の社会還元のシステムが形成されるように支援する。
共同研究の目的と成果目標
(1)目的(プロジェクト目標)
インドネシアでは火山噴火の早期警戒とそれに起因する土砂災害の防止軽減に関する両方のニーズが高い。また,噴火により放出された火山灰は国境を越えて大気中を拡散するので,グローバルな問題でもある.本研究課題ではこのような火山噴火が引き起こす一連の連鎖的災害の防止と軽減を目的とする。災害の防止と軽減には政府と地方自治体があたるが,そのための災害対策を立案するために有効な複合土砂災害対策意思決定支援システムを構築する.これには,リアルタイムハザードマップや警戒避難システムへの情報提供が期待される。複合土砂災害対策意思決定支援システムは,データを取得するための①総合観測システム,②火山噴火早期警戒システム,③統合GIS複合土砂災害シミュレータ,④浮遊火山灰警戒システムからなり,それぞれは以下の目的を持っている。
- 総合観測システムは地盤変動センサー,X バンドMP レーダー,水文センサー群からなるが,これらは土砂災害を誘発する基本量を把握するために設置される。
- 火山噴火早期警戒システムは,火山活動推移モデルと火山灰放出率の現状把握と予測に基づいている。これは,火山情報発表責任機関であるCVGHM(Center for Volcanology and Geological Hazard Mitigation)が発表する噴火警報レベルに即時的に活用されることを目的とする。
- 統合GIS 複合土砂災害シミュレータは,上記のデータをもとに,土砂移動現象を予測するものである。統合GIS複合土砂災害シミュレータは,複合土砂災害対策意思決定支援システムの中核となるものであり,リアルタイムハザードマップや警戒避難システムへの情報提供を目的とする。
- 浮遊火山灰警戒システムは,航空機の運航の安全確保を目的とする。
本研究課題の最終目標は,「火山噴火早期警戒システム,統合GIS 複合土砂災害シミュレータ,浮遊火山灰警戒システムが統合して複合土砂災害対策意思決定支援システムとして動作し,業務官庁等に対して情報提供できる状態にある」ことである。
(2) 目標(上位目標)
本提案システムが災害防止業務に実装できれば,国民への直接的な情報提供が可能となる。
①噴火活動の活発な火山では,常時,一般向けの降灰予報や土砂災害情報が発表され,自治体レベルではリアルタイムハザードマップが運用される。
②本研究課題の対象外の火山であっても,今後,重大な噴火が発生されると予測される火山では土砂災害防止のためのシステムが運用され,高精度のハザードマップが作製される。
③VAAC(Volcanic Ash Advisory Center)の情報提供やエアラインの運航に本システムの情報が利用される,ことなどが将来可能となる.また,本研究課題での成果はわが国へもフィードバックされ,インドネシア以外の同様に土砂災害が繰り返される国々においても活用することができる。
共同研究の実施計画(活動)
共同研究は5 つのグループに分かれて互いに密接な連携を取りながら実施される。
グループ1 総合観測システムの開発
火山噴出物の放出率をリアルタイム評価・予測できる地震・地盤変動観測網,②雨量計,水位計,流砂量計,ハイドロフォン,土石流センサーなどからなる水文観測ステーション,③雨雲と火山灰雲の両方を検知するためのX バンドレーダーを設置し,グループ2~5 の活動に活用する。
グループ2 噴出率予測とリアルタイム評価
噴出物の地質学的調査及び年代測定に基づいて過去の噴火史を構築と過去の火山性地震および地盤変動記録のデータベース化により,火山活動推移モデルを構築する。また,噴出物の放出速度のリアルタイム評価と予測のための手法を開発する。
グループ3 土砂移動現象予測
火山噴火により直接的に放出される火砕流,溶岩流,降下火山灰や,降雨によって引き起こされるラハール,地形変動,河床変動など様々な土砂移動をシミュレートする個別エンジンを開発したうえで,それらを統合化させ,噴火様式と噴出率を初期値として動作する統合GIS複合土砂災害シミュレータに完成させる。
グループ4 火山灰の航空機への影響予測
大気中での火山灰粒子の移動・拡散を追跡し,大気中での火山灰粒子密度の時空間分布を予測するための手法を開発し,火山灰粒子密度の警戒レベルの閾値の提案,粒子密度と警戒範囲のリアルタイム表示システムの開発を行う。
グループ5 複合土砂災害対策意思決定支援システムへの統合
グループ1~4において開発したサブシステムを「複合土砂災害対策意思決定支援システム」に統合化するとともに,その利活用促進のためのコンソーシアムの設立と防災教育を行う。